うつ病体験記①~異変を自覚した初期症状編~
いまの時代、様々なストレスを抱え、それでも強く生きようとしている人がほとんどです。そんな中、一生懸命にもがき苦しみながら、暗闇を彷徨うように苦しんでいる人たちがいます。
それは心の病-うつ病-
一度患うと再発に怯え、患ったことに対して後ろめたさえ感じてしまい、カミングアウトができずに隠し続ける。実は私自身も過去に経験があり、今では元気に働き不自由なく暮らしていますが、当時の私は酷い状態でした。
そんなうつ病の体験をここで語っていきたいと思います。とても長い長い期間を療養に費やしたので、当時の状況と気持ちを少しずつ語っていきたいと思います。
うつ病に苦しみ、とてつもない悲しみと共に過ごしている人の心に、光が差し込みますように
何かがおかしい⁉ある日突然、異変を自覚した
「頭の回転は速い方だね」と言われ育ってきた私は、なんでもソツなくこなす方だと自負していました。生命保険の外交員として営業力を培い、その営業力を活かして転職し、業種が全く違うとある法人への営業職に就きました。
頭の中が真っ白…
多忙に多忙を極める仕事でしたが、営業成績も常にトップを維持し、上手く仕事がまわっている状況が続き8年を超えたころ、ある日…本当に突然その日はやってきました。
仕事が滞ることが増え、上手く仕事が回せない状況に陥りだしました。考えなければと焦れば焦るほど、頭の中は真っ白になるばかり。まさに濃霧の中を漂うようでした。
これではダメだと、1日だけ休養を取り、翌日から仕事に復帰しました。もちろん、休養した日は全く動くこともできず、ただただベッドの上で過ごすだけでした。
仕事ができず、焦って流れるのは涙のみ
今までどうやって仕事をこなしてきたのかすら、当時の私には思い出すことも不可能となっていました。
焦れば焦るほど、仕事は滞り流れる汗は涙へと変わりました。男社会の営業職に就き、涙を流したことはその時だけでした。
「悔しい。」
そんな思いだけが募り、心は涙で溢れるのに頭の中は濃霧のように真っ白でした。その時には、すでに自分自身の気持ちさえ頭の中で考えることが不可能となってしまっていたのです。
助けて欲しいと伝えることができない
「できないなら誰かに助けて貰えばいい。上司でも同僚でもいるだろう。」
確かにその通りなのです。しかし、何をすべきなのか、何を伝えるべきなのか、それすら考えることを頭が拒否してしまったかのような状態に陥った時、どうすれば良かったのでしょうか。
- 自分が何を伝えたいのか
- 何を助けてほしいのか
- どうして欲しいのか
言葉にできないのではありません。伝える勇気がないわけでもありません。ただ、何に困っているのかすら自分自身で理解できないのです。
頭の中だけが濃霧となり暗闇の別世界へ
信じられないかもしれませんが、頭の中だけが自分の物ではないような錯覚さえ覚えます。そのことがどんなに怖いことか、一体どれだけの人に理解して貰えるのでしょうか。
親や友人、同僚は「困ってることがあれば手伝うから、なんでも話してね」そう言ってくれます。しかし何に困っているのかすらわからない。その心の声を伝える術が見つからない。
時間が経つごとに悩み焦り、急加速で頭の中の濃霧は濃さを増していきました。辿り着いた場所は、たった一人きりの暗闇の世界です。
優しい言葉は、時に辛さを倍増させる
人が弱っているとき、人は優しい言葉を語りかけます。
- 大丈夫?
- 無理しないでね
- 手伝うから安心してね
- 何でも相談してね
本来なら「ありがとう」と素直に伝えたくなる言葉ですが、異変が起き出した私にとって、優しいすべての言葉が理解できなくなっていきました。
うつ病により、優しく労りの言葉は暗闇を彷徨う心にはすでに届かなくなっているのです。毎日が暗闇、暗闇、暗闇…しかし、いつかは暗闇に光が届くことを本人は信じて待っていることも確かです。だからこそ、もがき更に努力を重ねようとします。
会話さえ困難を極める
家族や友人と談話しているとき、「10分前に何を話していた?」と聞かれたら多くの人は内容を思い出すことができるでしょう。
難しくもない他愛もない会話であっても、私は10分前ですら頭の中には残っていませんでした。会話したすべての内容をメモに残さなければ、思い出すことも困難となるのです。
そんな状態で、人の言葉を聞き、理解し、考え、言葉を繋いで会話をするという高度な芸当ができるでしょうか。私は、もはや会話能力はないに等しくなっていったのです。
意外と気づかれない異変は短期間で崩壊
このような異常な状態を、周りの誰かが気づかないものなのかと思われた人もいらっしゃるでしょう。しかし、意外と気づかれないものなのです。
異変に気づかれない理由
自分自身でも「何かがおかしい」とは思っているのです。異常は感じていますし、どうにか打開しなければと無意識に感じていることは確かなのです。そして必要以上に頑張り、異常を感じ取られないように努力します。
だからこそ、周りの人は気づかないのです。
- 人との会話は最小限に留める
- 会話はできるだけメモをする
- 焦らずにゆっくり1つ1つ向き合う
これで、ほとんどの人はこう思うのです。
「黙々と丁寧に仕事をしている」
丁寧なわけでも、仕事がこなせているわけでもありません。できないからスローペースなだけなのです。必死に異変を隠して日々を送っているだけなのです。しかし、それを説明することはできません。
何がどうおかしいのか、自分自身でも異変の状態を説明することができないからです。ただ伝えることができるとすれば「できない・わからない・怖い」だったのです。
訪れた崩壊の日
歯を食いしばって、何とか毎日の仕事をこなし過ごしていましたが、崩壊の日は突然訪れました。
「もう少し…もう少しだけ頑張る」その一心で過ごしていた日は、長くは続かず約1ヶ月程で頑張る気持ちはボキッと音を立てて崩壊していきました。それは、雪崩のごとく早いスピードで、自分自身で理解するまでに心を深い暗闇の中へと引きずり込んでいきました。
こうなると、もはや自分自身ではなすすべもありません。
理由さえわからない!ただわかるのは不安だけ
不安という一言では言い表せないほどの、どうしようもない孤独感。
うつ病を経験したことがない人に、どのように説明すれば良いのか今でもわかりません。
理由がわからないことが不安を煽る
不安な気持ちが強すぎると眠ることすら怖く感じます。何を考えているわけでもないのに、辛く悲しい気持ちだけが溢れてくるのです。
- 怖い・不安
- 眠れない
- つらい・悲しい
いつからか私の検索履歴は、このような言葉ばかりとなっていました。
とにかく、自分自身で何が起こっているのかわからないため、誰かに相談することすら困難な状況です。頼れるのはスマホのみとなり、自分の気持ちを検索する日々が続きました。
身近な人の異変を見逃さないで
これは、病名がわかる以前の私の体験です。もしこの時点で、離職を含めストレスから離れる決意ができていたら、私の辛い経験はなかったのではないかと思います。
身近な人に頑張り屋さんはいませんか?
- 普段からバリバリ仕事をこなす人の仕事ペースが落ちた
- 会話の中でのキャッチボールが上手くいかなくなった
- 何でもメモを取るように変わった
- 笑うわけではないのに、いつもより笑顔が多くなった
- 表情を示すことなく、スマホで何かを検索している
何が何でもストップ!それ以上は頑張らせないで!
もし先ほど紹介したような状況が見てとれたなら、何が何でも頑張ることをストップさせてください。その人の生活や人生に責任が持てないという気持ちはわかります。
しかし、そのままではきっと生きるというパワーを無くしていってしまいます。私がそうだったように。
生きるパワーの充電は、何もなければすぐに充電して次に繋げることができますが、一旦充電できなくなると、少しの充電でも長い時間を要してしまいます。
また、止めようと本人に伝えたところで、もはや理解ができる状態にはなく聞く耳を持たない可能性もあります。
そんなときは、家族や友人、誰でもいいので皆さんで協力して、今の環境から切り離す努力をしてあげてください。たとえそれが原因で離職することになったとしても…
うつ病の発症は突然と言われますが、必ず予兆があります。データ容量が多くなり動きが遅くなったパソコンと似たような症状で、物事に対する反応が鈍くなることが特徴です。
【次回予告】怖くない!心療内科へは早めの受診を心掛けて
体験談①は、うつ病を発症する前の自覚症状をお伝えしました。周りに同じ症状で苦しみながらも、ひた隠しにしている人がいるかもしれません。
どうか気づいてあげてください。気づくことで、その人への対応策が考えられるはずです。
次回は、どうにもならなくなり心療内科への受診を決意。イメージと違った心療内科と初診の内容へと続きます。
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