うつ病体験記②~怖くない!心療内科へは早めの受診を心掛けて~
眠りが浅かったり考え事がまとまらなかったり、なんだかスッキリしないという経験はありませんか?
真面目だったり、我慢強かったりすると、ついつい無理をしてしまいがちな性格の方は、私のように小さな初期症状を放置して知らぬ間に悪化してしまう恐れがあります。
「まだ大丈夫」と思っていても、その状態がいつまでも維持できるとは限りません。維持できなくなる前に、誰かの助けが必要なのです。
「まだ大丈夫」は、「もうダメ」に近かった
負けず嫌い、真面目、強い向上心を持っていると自他ともに認める私は、少しくらい眠れなくても気にはしていませんでした。
しかし、思ったように仕事がはかどらず自宅に持ち帰る日々も増え、日を増すごとに寝不足は右肩上がりの毎日となり、次第に心の中には疲労のダムが作りあげられていきます。
それでも「まだ大丈夫」と何の根拠もなく、ただただ仕事をこなしていかなければという責任感に急き立てられて過ごしていくことになります。
もう少し落ち着いたら休みを取ろう
数年間、1日の大多数の時間を仕事に費やし有給休暇どころか休日出勤も続き、ゆっくりと休息した日は数えるほどしかありませんでした。
思えばこの時期、年間の休日は10日も取れず、いつも何かしらの仕事をこなし常に頭の中は仕事のことでフル回転している状況であり、それは約2年半ほど続いていたので休息が必要なことは言うまでもありません。
もちろん自身の仕事中の状況を考えると、オーバーワークしていることは一目瞭然であり、自分自身でも休暇が必要と考える日が増えていきます。それでも休暇に対する意識に緊急性を持たなかったあの頃の自分に可能なら今の私が説教をしたいくらいです。
「もう少し落ち着いたら休みを取ろう。」
消えていくばかりの有給休暇を少しは消化できると楽観的に考えながら、それでも進ませることができない仕事を1つでもいいから片付けようと、休みを取れる日に希望を託して日々を乗り越えていました。
「私はまだ大丈夫」
自分にそう言い聞かせながら…
頭の中の引き出しが開かない
幼少期から何でも要領よくこなすと言われていた私は、頭の中にいくつも引き出しがある状態でした。どうも体調がよくないことを相談してい母親に、頭の中の引き出しを伝えたときには「なにそれ⁉」と驚いていましたが…
イメージとしては、頭の中にタンスがあり引き出しには様々な情報が入っているという状態で、様々な分類ごとにタンスが存在し、必要となった情報を取り出す際に、その情報が入っているタンスを選び引き出しを開けて情報を出しているという感じです。
母親にそのことを説明するまでは普通のことだと思っていましたが、どうやら母親の反応を見ると私は変わっているようだと初めて知りました。
しかし眠れない日が続くことで私の頭の中に変化が起きてきました。
- 仕事が思うようにこなせない
- 考え事をしていても理解ができない
- 頭が働かない
- 頭の引き出しが開かない
これは私にとっては致命的でした。知っている情報が詰まった引き出しが開かないので、もはや情報はパンドラの箱の中となってしまい頭の中の情報処理能力は、すべての機能を失ってしまったかのような絶望感に陥りました。
ある日突然、まるで抜け殻のようになってしまった私は、藁にもすがる思いで心療内科への扉を開く決意をするのです。
思っていたイメージと正反対の心療内科に救われる
皆さんは、心療内科と聞くとどのようなイメージを描きますか?
私は正直に申し上げると、大変失礼ながら少し心配なイメージが頭の中を占めていました。無知であったあの頃は、仕方がないのかもしれませんが…
- 大きな声があちらこちらで聞こえるかもしれない
- すごく気を遣わなければならないのではないか
- 頭がおかしいのかとバカにされるのではないか
そんな私が心療内科の扉を開き、初めて見た世界は私が勝手に思い描いていたイメージを一変しました。
優しく迎えてくれた心療内科
自分では眠れないことや仕事ができない状態を不安に感じていましたが、それ以上に今の状態を人に話をしたときに「怠けるな」という言葉が返ってくるのではないかと、怖くてなりませんでした。
また、考えがまとまらなくなり思考回路がストップしてしまった状態で、風邪で内科にかかったときのように現状を上手く説明できるかも不安要素の1つでした。
しかし、怖がっていても解決しないであろうことだけは理解できていたので、強い決意をして心療内科へ電話してみたのです。
「時間が遅くなっても大丈夫ですよ。今日来れるなら、一度病院に来てもらえますか?」
うつ病を経験し寛解に至った今現在の私には、実はうつ病が悪化していた時期の記憶がはっきりしていません。
しかし、そんな私の状況でも最初の電話でかけてもらった言葉は一生忘れることはないと思えるほど嬉しく、涙があふれた瞬間でもあったのです。
無理に詳しく説明はしなくて良い
心療内科での初診問診票は実に簡単なものだったように思います。その中で、この問診は初めてだなと思ったものは家族構成の内容や成長過程における内容でした。
診察を待つ間、少し緊張をしていた私でしたが、いつしか心地よい音楽に久しぶりにリラックスすることができている自分に驚くことになりました。心療内科とはこんなにも落ち着いた時間を過ごせるものなのかと、勝手な私のイメージは崩れ、逆に安心感と好感を持てるほど居心地の良いものでした。
初めての心療内科での診察は、詳しく聞かれたのは仕事内容や家族構成がメインとなり、症状については自分で思いつく範囲の説明を時間を惜しむことなく聞いてもらうことができました。
自分でもよくわからない症状を他人に詳しく説明することは酷というもので、思考がストップしている状態である当時の私には、細かな症状を説明しなくて良いということは心が救われる思いでした。
心療内科の心理テストは直観で描いた
問診のあと、少しだけ心理テストをすると伝えられたときには、少しワクワクしたのを覚えています。もちろん何のための心理テストだったのかは、その時は全く予想もつきませんでしたが、どうやらとても大切な心理テストだったと今なら理解できます。
用意された紙に鉛筆で木を書く
頭が考えることをやめてしまったと思われていた当時の私でしたが、実は真剣に考える内容でなければ通常の回転をしています。心理テストくらいならと逆に楽しみに思えた程でした。
A4の大きさの白い紙と鉛筆を渡され、「木を書いてください」と言われたらどのような絵を描きますか?
笑わないでください。当時36歳の大人が本気で描いた絵がこのような絵でした。もちろん私は絵が特別下手なわけでもなければ、ふざけて描いたわけでもありません。
これは私が描いた絵です。写したわけでもなく何となく趣味で描いた絵です。絵が下手ではないということはご理解いただけたでしょうか。
木を書く心理テストでは、特に何かを意識して描いたわけでもありません。言われたようにただ直観で描いただけです。
2分ほどで描き終わった理由
特に意識して描いたわけでも、集中力を要したわけでもありませんでしたが、当時の私には物事に向き合うことができる時間は2分程度が限界だったようです。
ささっとある程度描いてしまうと、座って机に向かっていることが苦通で仕方なく、これ以上は無理と自ら描くことを止めました。それ以上描く気にはなれなかったからです。
「もういいんですか?」
看護師さんに優しく尋ねられましたが、もう座ってることがしんどいという気持ちを伝え、そそくさと待合室へ逃げるように立ち去ったことを覚えています。
【次回予告】心理テスト「バウムテスト」とは?
体験記②は、怖いというイメージだった心療内科への初めての受診と心理テストの体験についてお伝えしました。
初めての心療内科は確かに緊張しますし、敷居が少し高く感じるかもしれません。
私のように「まだ大丈夫」は、もうすでに大丈夫じゃない可能性もあります。辛い気持ちが続いているなら、少し相談してみようという気持ちで心療内科の扉をくぐってみるのも1つの手だと考えてみてください。
私が受けた心理テストは、バウムテストというもので深層心理が描かれるというものでした。
次回は、心理テスト「バウムテスト」の結果について綴っていきたいと思います。
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